
稲作において「倒伏(とうふく)」は収穫量や品質の低下を招く大きなリスクです。
台風や大雨、強風などの影響で稲が倒れてしまうと、穂が地面に接して病気にかかりやすくなるほか、収穫作業自体も困難になります。
こうした倒伏を最小限に抑えるためには、早期の対策と日頃の予防策が欠かせません。本記事では、稲が倒伏してしまったときの具体的な対応方法と、倒伏を防ぐためのポイントを詳しく解説します。
圃場(ほじょう)の見回りや排水対策などの基本的なアプローチから、品種選択や肥培(ひばい)管理の工夫まで、幅広く取り上げます。
これらの知識を活かし、稲の健全な生育をサポートしながら、安定した収量と高品質な米づくりを目指していきましょう。
稲が倒伏したときの基本的な対応
稲が倒れてしまった場合、まずは被害状況の把握や水管理の見直しなど、現場ですぐに実践できる対策が求められます。
倒伏が早期の段階であれば、稲を起こす作業を行うことで登熟への悪影響を最小限に抑えることも可能です。
また、倒伏の程度によっては、収穫時期を前倒しするなど柔軟な判断が必要になるケースがあります。
ここでは、倒伏を確認した際に押さえておきたい基本的な対応策を中心に解説します。適切な初動が、その後の収穫量や品質を大きく左右するため、一連の手順をあらかじめ理解しておきましょう。
圃場の見回りと被害状況の確認
倒伏の範囲と原因を把握する
倒伏を発見した場合、まずは圃場全体をくまなく見回り、倒伏が局所的なのか、それとも全域にわたっているのかを確認します。
倒伏の程度や稲の倒れ方も、今後の管理を決定するうえで重要な手がかりとなります。加えて、倒伏の主な原因を推測することも必要です。
台風や豪雨による風雨被害なのか、あるいは過剰施肥や排水不良などの栽培管理上の問題なのかを大まかに把握しておきましょう。
稲の茎・根元・土壌の状態を観察
茎の太さや丈夫さ、根元のぐらつき、土壌の湿り具合などをチェックし、倒伏を誘発した要因を探ります。たとえば、茎が極端に細い場合は窒素過多や密植が考えられますし、根腐れが疑われる場合は圃場の過湿状態が大きな原因となっていることが多いです。
こうした情報を整理し、必要に応じて地域の栽培指導機関やJA、普及センターなどに相談することで、より効果的な対策を立てやすくなります。
排水改善と水管理の見直し
倒伏と過湿状態の関係
倒伏の要因として見落とせないのが「過湿状態」です。大雨や長雨の後に圃場が泥濘(でいねい)化し、水が抜けずに稲の根が酸欠に陥ると、茎が弱って少しの風でも倒れやすくなります。
倒伏を発見したら、まずは圃場周囲の排水溝や水路に詰まりがないかを確認し、排水がスムーズに行われるよう整備しましょう。
暗渠排水・溝切りの重要性
根本的に排水性が悪い圃場は、暗渠(あんきょ)排水を導入したり、溝切りをこまめに実施することで長期的に改善を図ることができます。
費用や手間はかかりますが、一度整備すれば倒伏リスクだけでなく、病害の発生も抑えられるなど多面的なメリットがあります。また、雨季や台風シーズンが近づく前に溝の点検や整備をしておくことで、突然の集中豪雨に備えることが可能です。
適正な水位管理
倒伏後は、稲に余分なストレスを与えないように水位を適宜調整し、急激な乾燥や冠水を避けます。
圃場が極端に湿りすぎないよう気をつけつつ、土がカラカラに乾きすぎない範囲で管理すると、稲の回復を助けることができます。特に台風や大雨が予想される場合には、事前に水位をやや下げておくなど、先取りした対応も有効です。
倒伏した稲を起こす際のポイント
軽度倒伏なら早期に起こす
倒伏した稲がまだ根元や茎に大きなダメージを受けていない場合は、吸収効率の高いケイ酸の供給を検討しましょう。こうした「立て直し」によって、稲が再び光合成を行い、登熟(とうじゅく)が進む可能性があります。
ただし、茎が大きく折れていたり、穂先が完全に泥に埋まってしまうなど重度倒伏の場合、起こしても十分な回復が見込めないことがあります。
作業の注意点とコスト
起こす作業は人手と時間がかかり、圃場を踏み荒らすリスクもあるため、被害範囲が広い場合はコスト面とのバランスを考慮する必要があります。
複数人で行う場合は、稲を無理に引っ張らず、両側から少しずつ持ち上げることで根元や茎を傷めにくくなります。
また、支柱やロープで固定した後は、茎の状態や天候を見極めながら水管理や追肥を再度調整し、稲が自力で回復できる環境を作ってあげましょう。
追肥と収穫時期の再検討
肥料の過不足を見極める
倒伏によって稲の葉が重なり合うと光合成が制限され、登熟が遅れることがあります。「不足しているかも」と考えて追肥をしたいところですが、倒伏の原因が肥料過多だった場合は逆効果になりかねません。
まずは土壌分析や稲の生育段階を確認したうえで、必要最小限の追肥にとどめることが大切です。特に登熟期に窒素を過度に与えると、いもち病などの病気が発生しやすくなる恐れもあります。
早期収穫の判断と注意点
倒伏によって穂が土に付着した状態が長引くと、カビなどの病原菌の影響や発芽籾(もみ)が出る可能性が高まり、品質低下が加速します。こうしたリスクが大きい場合は、通常より早めに刈り取ることを検討しましょう。
ただし、十分に登熟していない段階で収穫すると収量や食味が落ちる恐れもあるため、登熟状況や天候予報、乾燥施設の稼働スケジュールなどを総合的に考慮しつつ、地域の栽培指導機関やJAからのアドバイスも参考にして判断することが賢明です。
倒伏を防ぐために心がけること
稲作において倒伏(とうふく)は、一度起こるとその後の収穫量や品質に大きな悪影響を及ぼす厄介な問題です。
稲が地面に倒れることで、穂が湿気や病原菌に直接さらされたり、収穫作業自体が困難になったりと、さまざまなリスクが発生します。こうした事態を未然に防ぐためには、日頃から「倒伏しにくい稲づくり」を意識した総合的な管理が欠かせません。
まずは耐倒伏性の高い品種を選び、適正な肥培(ひばい)管理を行うことで、稲の茎や根を強化することが重要です。
また、密植を避け、風通しの良い圃場(ほじょう)環境を維持することで病害虫の発生を抑えるとともに、株自体を健全に育てられます。
さらに、稲の生育ステージに合わせた水管理と、天候の変化に柔軟に対応する適期刈り取りを心がければ、倒伏リスクを大幅に低減できます。
以下では、主に事前に取り組むべき「予防策」を具体的に掘り下げて解説します。予防策をしっかり実践することで、稲を丈夫に育てながら安定した収量を確保し、倒伏によるトラブルを回避していきましょう。
h3:品種選択と適正肥培管理
倒伏を防ぐ第一歩は、耐倒伏性の高い品種を選ぶことです。地域の気象条件や土壌特性に合わせて改良された品種のなかには、茎が太く短めで、風雨に耐えやすいものが多く存在します。
各地のJA(農協)や試験場では、品種特性や収量・品質などの情報が公表されていますので、導入前に相談してみるとよいでしょう。
また、肥料の与え方も倒伏予防の大きな鍵となります。特に窒素分を過度に与えると、稲の茎が徒長しやすくなり、風や雨で倒れやすい軟弱茎が形成されてしまいます。
そこで、まずは土壌分析を行い、現在の土壌中にどれだけの養分があるかを把握することが大切です。窒素・リン酸・カリなどのバランスを考慮した適正施肥により、稲が無理なく分げつし、十分な太さと強度を持った茎に育つよう管理していきましょう。
さらに、肥料設計では生育ステージに合わせた段階的な施肥を意識します。分げつ期に必要な量と登熟期に必要な量は異なるため、「初期・中期・登熟期」の三段階を意識した肥培管理を行うと効果的です。
例えば、分げつ期には適度に窒素を与えて分げつを促し、登熟期には過度な窒素を避けて倒伏リスクを軽減するなど、時期ごとの特性を押さえながら稲の成長をコントロールしましょう。
適切な株間・条間と病害虫対策
稲を丈夫に育てるには、適切な株間・条間(じょうかん)を確保して風通しを良くすることが重要です。
過度な密植を行うと、一つひとつの株が細く弱々しくなり、倒伏しやすくなるだけでなく、病害虫の発生率が高まります。地域や品種によって最適な植え付け密度は異なりますが、分げつ数の増えすぎや過剰な競合を招かないように、植え付け枚数や条間を適正に設定しましょう。
また、ウンカ類やいもち病などの病害虫被害も、稲の茎を侵食して倒伏を誘発する一因です。特に水田では、高温多湿の環境下で病原菌や害虫が急激に増殖することがあります。
そこで、定期的な圃場巡回に加えて、病害虫の発生初期段階で対策を打つことが大切です。薬剤散布を行う場合は、稲の生育ステージや天候に合わせて適期を逃さないよう計画し、かつ散布量や薬剤選択を誤らないよう注意しましょう。
早期発見・早期防除の徹底により、茎の健康を保ち、倒伏を防ぐ基盤が整います。
水管理と適期刈り取り
水田の管理で見落とせないのが、適正な水位の維持と排水対策です。分げつが進む時期にはある程度の水深が必要ですが、過度に深水(しんすい)を続けると根が酸欠になり、茎が十分に強化されないまま軟弱化してしまうことがあります。
一方で、中干し(なかぼし)を適宜実施して土壌に酸素を取り込むと、稲の根を深く張らせ、株元を強化する効果が期待できます。
梅雨や台風シーズンを控えた時期には、排水溝や暗渠(あんきょ)排水の点検を行い、集中豪雨があっても圃場に水が溜まりすぎないように備えておきましょう。
さらに、登熟期を迎えると穂が重くなるため、わずかな風でも倒伏のリスクが高まります。台風や大雨が接近する予報が出ている場合には、登熟の進捗を見ながら収穫時期を早めに設定する判断が必要です。
もちろん、刈り取りを早めすぎると収量や食味に影響が出る可能性があるため、稲の登熟度や天候状況を総合的に見極めつつ、適期刈り取りのタイミングを最適化することが大切です。
まとめ
稲の倒伏は、天候や土壌条件、肥培管理など多くの要因が重なって生じますが、発生を最小限に抑えるための対策も数多く存在します。
倒伏を確認したら、まず圃場全体の状況を正確に把握し、水はけや追肥の調整など、適切な初動を行うことが重要です。被害が大きい場合でも、稲を起こしたり収穫時期を見直したりといった工夫で、収量や品質の損失をできるだけ抑えることができます。
一方、倒伏そのものを未然に防ぐためには、耐倒伏性品種の導入やバランスのとれた施肥設計、病害虫防除など、日頃からの地道な管理が欠かせません。
これらのポイントを総合的に組み合わせることで、安定的な稲作を実現できるはずです。倒伏リスクを抑えながら、より良い米づくりを目指していきましょう。
監修者
人見 翔太 Hitomi Shota

滋賀大学教育学部環境教育課程で、環境に配慮した栽培学等を学んだ後、東京消防庁へ入庁。その後、株式会社リクルートライフスタイルで広告営業、肥料販売小売店で肥料、米穀の販売に従事。これまで1,000回以上の肥料設計の経験を活かし、滋賀県の「しがの農業経営支援アドバイザー」として各地での講師活動を行う。現在は株式会社リンクにて営農事業を統括している。生産現場に密着した、時代にあった実践的なノウハウを提供致します。