
「持続可能な農業」を目指す動きが加速する中、いま注目を集めているのが「下水汚泥肥料」です。これは、下水処理場で発生した汚泥を乾燥・加工し、農業用の肥料として再利用する取り組みで、本来廃棄されるはずだった“ゴミ”を資源へと変える技術として期待されています。環境負荷を抑えつつ、資源の循環型利用を促すこの肥料は、脱炭素やSDGsにも合致した“次世代の肥料”として、国の施策でも推進が進んでいます。
しかし一方で、「本当に安全なの?」「作物や土壌、人体への影響はないのか?」という不安の声があるのも事実です。特に、重金属や有害物質の混入リスク、土壌や農作物への蓄積、流通制限につながる可能性など、知られざるリスクが潜んでいることも見逃せません。農家にとっては生産物の信頼や収益に関わる問題であり、安易に使うわけにはいかないという葛藤もあるでしょう。
本記事では、下水汚泥肥料の基本的な仕組みから、メリット・デメリット、カドミウム汚染などのリスク、国が推奨する理由、安全に活用するためのポイントまで、幅広く丁寧に解説します。
「環境にもコストにも優しい肥料」として注目される一方で、「安心して使うにはどうすればいいのか?」という疑問を抱えている方へ、信頼できる判断材料をお届けする一記事です。
農業従事者はもちろん、家庭菜園ユーザーや環境問題に関心のある方も、ぜひ参考にしてください。
下水汚泥肥料とは?農家にとっての意味と活用価値
「下水汚泥肥料(げすいおでいひりょう)」とは、私たちの生活から出る生活排水や工場排水などをきれいにする“下水処理場”で発生する汚泥(ドロ)を、乾燥・殺菌・加工して作られた肥料のことです。
普段はあまり意識しないかもしれませんが、下水処理の過程では大量の汚泥が発生します。この汚泥は、水を切ったり加熱処理をすることで、乾いた状態になり、そこに含まれている窒素(チッソ)・リン・カリウムといった作物の生育に必要な栄養成分を活かして「肥料」として再利用されているのです。
この肥料は、田んぼや畑の元肥や追肥として使えるほか、園芸や造園、芝生の管理などにも使われているなど、意外と幅広く活躍しています。地域によっては、JAや自治体が無料または安価で提供しているケースもあります。
以前はこの汚泥、焼却したり埋め立てたりする「ごみ」として扱われることがほとんどでした。
しかし、環境問題や資源不足が深刻化している今、*使えるものは再利用しよう”という考え方(循環型社会)が広まり、「肥料として使えば、ムダにならないどころか農業にもプラスになるじゃないか」と注目されるようになってきました。
実際、国も下水汚泥肥料の利用促進を後押ししていて、今では年間60万トン以上が肥料や土壌改良材として使われているというデータもあります(※農林水産省・国土交通省調べ)。
つまり下水汚泥肥料とは、
「捨てていたものを農業に役立てる」
「化学肥料が高騰するなか、地元で手に入る資源」
として、今後ますます大切にされていく資源だといえるでしょう。
下水汚泥肥料のメリット
(1) ゴミが資源に!廃棄物の再利用で環境とコストにやさしい
これまで、下水処理で出た汚泥は「ごみ」として焼却や埋め立てに回されてきました。焼却には燃料やコストがかかりますし、CO₂の排出も増えるため、環境にとっては大きな負担でした。
そこで、この汚泥を肥料に加工することで、“捨てるもの”が“使えるもの”に変わる。これが下水汚泥肥料の大きなメリットです。
たとえば地域の下水処理場で出た汚泥が、地元の畑や田んぼで肥料として再利用されれば、「地産地消型」の肥料になります。これは、遠方から運ばれる輸入肥料に比べて輸送エネルギーも削減でき、コストも下がる可能性があります。
つまり、農家にとっては「安くて手に入りやすい」「地域の資源で賄える」というメリットがあり、環境にも家計にも優しい選択肢といえるでしょう。
(2) チッソ・リン酸・カリがバランス良く含まれた栄養たっぷり肥料
下水汚泥肥料には、作物の生育に欠かせない窒素(チッソ)、リン酸、カリの三要素が含まれており、たとえば次のような場面で力を発揮します。
- 窒素は「葉や茎の生育」を助け、緑を濃くする
- リン酸は「根の発育や花・実の付き」を促す
- カリは「病気への抵抗力」や「実の締まり」を良くする
さらに、ホウ素やマンガンなどの微量要素も含まれており、長期的に見ると土の栄養バランスの改善にも役立ちます。
とくに注目したいのが「リン酸」。これは世界的に埋蔵量が少ない資源で、ほとんどを輸入に頼っている状況です。今後価格高騰や輸入困難が起きたとき、国内資源として再利用できる下水汚泥肥料は大きな助けになります。
(3) 土をふかふかに!有機物が土壌改良に効果的
下水汚泥肥料は有機質が豊富です。有機物は、土の中で微生物に分解されて「団粒構造」と呼ばれるふかふかした土を作ります。これにより:
- 水はけ・水もちのバランスがよくなる
- 空気が入りやすくなり、根が張りやすくなる
- 微生物が元気に働き、土の中が活性化する
つまり、“カチカチの土”を“生きた土”に近づけてくれるということです。長年、化成肥料中心だった畑や、収穫後の養分が抜けて痩せた田んぼなどには、汚泥肥料がいい「土の元気回復材」になります。
さらに、微生物の働きが活発になることで連作障害の予防や病害虫の抑制効果も期待できるため、作物の安定生産にもつながります。
下水汚泥肥料のデメリットと注意点
(1) 重金属や有害物質が混ざっている可能性がある
下水汚泥は、家庭や工場などから流れてきた生活排水・産業排水を処理する過程で発生するものです。どんなにしっかり処理しても、微量の重金属(カドミウム・鉛・クロムなど)や化学物質が完全にゼロになるわけではありません。
これらが土壌に蓄積されると、野菜や米に吸収されてしまい、次のような問題が起きる可能性があります:
- 作物の等級が下がる
- 出荷できない(安全基準を超えた場合)
- ブランド作物や輸出農産物では取引停止や信用問題になる
特にカドミウムは米に吸収されやすく、過去には「カドミウム米」が社会問題になったこともあります。
もちろん、現在は「肥料取締法」によって基準値が厳しく定められており、販売されている下水汚泥肥料の多くはこの基準をクリアしています。
とはいえ、肥料の製造元や成分分析表をきちんと確認せずに使うのはリスクが高いです。農産物の安全性やブランド価値を守るためにも、「どこで、どんな原料から、どう作られた汚泥肥料か?」はしっかりチェックしましょう。
(2) 粉じんやにおいが出やすく、作業や近所迷惑になることも
下水汚泥肥料は乾燥させて粉末状になっているものも多く、風の強い日に撒くと粉じんが舞い上がって作業者が吸い込んだり、近隣に飛散してトラブルになることもあります。
また、原料が「下水由来」なので、製品によっては独特のにおいがある場合も。保管場所や散布中に気になるという声もあるのが実情です。
こうしたリスクを避けるためには:
- ペレットタイプ(粒状)の製品を選ぶ
- マスク・手袋・長袖などで防護対策をする
- 作業は風のない日を選ぶ
- 近所に事前に一言伝えておく
などの配慮が大切です。とくに家庭菜園や住宅街に近い圃場では気をつけたいポイントです。
(3) 使いすぎ・使い方を間違えると、環境にも悪影響
下水汚泥肥料は栄養素が豊富なので、「たくさん撒けばよく育つ」と思って多めに施用してしまうと逆効果になることがあります。
たとえば:
- 窒素やリン酸が地下水や河川に流れ出して水質を汚染
- 土壌中のバランスが崩れて作物に障害が出る
- 傾斜地に撒いた肥料が雨で流れ、近隣に被害が及ぶ
こうした事態を防ぐためには、以下のような管理が重要です:
- 作物や圃場に応じた適正な施肥設計を行う
- 使う前に土壌診断や施肥計画を立てる
- 地域の農業改良普及センターやJAのガイドラインに従う
汚泥肥料も「安全に使えば資源」「使い方を間違えればリスク」なのです。肥料そのものではなく、「どう使うか」が成功のカギを握ります。
下水汚泥肥料で気をつけたい「カドミウム汚染」のリスクとは?
下水汚泥肥料を使うときに、特に注意が必要なのがカドミウムなどの重金属による土壌汚染や作物への影響です。
下水汚泥の原料は、家庭や工場などから流れてきた排水です。処理はしっかりされているものの、どうしても微量の有害物質が含まれている可能性が残るのが現実です。
特に「カドミウム」は要注意。これは植物に吸収されやすく、米やホウレンソウ、小松菜などの葉物野菜によく取り込まれてしまう性質があります。
作物がカドミウムを吸収すると、次のような問題が起こるかもしれません。
- 食品検査でひっかかって、出荷停止になる
- 市場での評価が下がり、等級が落ちる・価格が下がる
- 最悪の場合、販売すらできず廃棄になる
つまり、知らずに使って大損する可能性があるということです。これは農家にとって、手間もお金も信用も失う重大なリスクです。
もちろん、日本では「肥料取締法」により、下水汚泥肥料に含まれるカドミウム量の**上限(基準値)**が定められており、流通しているものは基本的にこの基準をクリアしています。
しかし、使い続けると土の中に少しずつ蓄積していく可能性があるため、油断は禁物。特に、毎年同じ圃場で使うような場合は注意が必要です。
使う前には、必ず:
- 成分表示や分析結果(重金属の検査データ)を確認する
- 不明な場合は自治体やJAに問い合わせる
など、安全面をしっかりチェックしたうえで活用することが大切です。
それでも国が「下水汚泥肥料」を推奨する理由とは?
「そんなにリスクがあるのに、なんで国は使えって言うの?」
そう思うのは当然の疑問です。しかし、国が推奨するのには、3つの大きな理由があります。
① ごみを資源に変える「循環型社会」を目指しているから
今まで、下水処理場で出た汚泥は「ごみ」として焼却したり埋め立ててきました。
でも、それでは燃料費や処分費がかかるうえに、CO₂もたくさん出てしまいます。
そこで国は、「燃やすより再利用した方がエコで経済的」と考え、汚泥を肥料として再利用する取り組みを後押ししています。
つまり、「環境にも財布にもやさしいサイクルを作りたい」というわけです。
② 輸入肥料に頼りすぎている現状を変えたいから
日本の農業は、リン酸やカリウムといった化学肥料のほとんどを外国からの輸入に頼っています。
しかし、国際情勢や為替の影響で価格が高騰したり、供給が止まったりするリスクが高まっています。
下水汚泥肥料には、国内で回収できるリンやカリウムが含まれているため、輸入に頼らず“自前でまかなえる”資源として期待されています。
今後、国産肥料の一つとしての活躍がますます求められていくでしょう。
③ 基準を満たせば「安全に使える」と判断しているから
国が汚泥肥料を推奨する背景には、厳しい基準で安全性が管理されているという前提があります。
たとえば、「カドミウムは1kg中○mg以下まで」など、含有量の上限が細かく決められており、それを超えた製品は販売すらできません。
つまり、国は「正しく作られた製品で、適切に使えば、安全に使える」という立場なのです。
安全に使うためのポイントとこれからの展望
カドミウムのリスクはゼロではありませんが、正しい使い方をすれば、下水汚泥肥料は頼れる資源になります。
安全に使うためのポイント
- 成分表示や検査結果を必ず確認する
- 作物や畑の特性に合った使用量を守る
- できればペレットタイプ(粒状)を選び、飛散やにおいを抑える
- 不安があればJAや行政のアドバイスを活用する
今後に期待されること
技術が進めば、もっと不純物を取り除いた高品質な汚泥肥料が作られるようになり、より安心して使える時代がやってきます。
さらに、地域の処理場と農家が連携すれば、「地元の汚泥を、地元の畑で使う」地産地消の農業資源循環も実現可能です。
下水汚泥肥料は、使い方と選び方を間違えなければ、環境にも家計にも優しい肥料になり得ます。
まとめ|下水汚泥肥料は“使い方次第”で農業の味方になる
下水汚泥肥料は、化学肥料の価格高騰や資源の輸入依存といった現代農業の課題を背景に、国も後押しする「循環型の資源」として注目を集めています。
この記事では、農家の皆さんにとって気になる以下のポイントについて解説してきました。
- コスト削減や土壌改良に役立つメリット
- カドミウムなど重金属によるリスクとその回避方法
- 「安全性が確保されているとはいえ、使い方次第」であるという現実
- 国が推進する背景と、今後の展望
結論として、下水汚泥肥料は決して万能ではありませんが、「正しく選び、正しく使う」ことで、コストにも環境にも優しい新しい肥料の選択肢になります。
特に、次のような行動が大切です:
- 製品ごとの成分表示や分析データを確認する
- 作物や圃場に合った施用量・タイミングを守る
- 不安な点があればJAや自治体に相談する
農業は「土づくりがすべて」と言われるように、肥料の質と使い方が収量にも品質にも直結します。
ぜひ、下水汚泥肥料の特徴を理解したうえで、あなたの農場に合ったかたちで、上手に活用してみてください。
監修者
人見 翔太 Hitomi Shota

滋賀大学教育学部環境教育課程で、環境に配慮した栽培学等を学んだ後、東京消防庁へ入庁。その後、株式会社リクルートライフスタイルで広告営業、肥料販売小売店で肥料、米穀の販売に従事。これまで1,000回以上の肥料設計の経験を活かし、滋賀県の「しがの農業経営支援アドバイザー」として各地での講師活動を行う。現在は株式会社リンクにて営農事業を統括している。生産現場に密着した、時代にあった実践的なノウハウを提供致します。
\農家さん限定!今だけ無料プレゼント/
LINE登録で「肥料パンフレット」&
「お悩み解決シート」進呈中!

「どの肥料を使えばいいかわからない」
「生育がイマイチだけど、原因が見えない」
そんな悩みを解決する、実践的なヒントが詰まったPDFを無料プレゼント中!
プレゼント内容
- 肥料の選び方がわかるパンフレット
- 症状別で原因と対策がひと目でわかる「お悩み解決シート」
LINEに登録するだけで、今すぐスマホで受け取れます!